「君が守ろうとしているその巨人。僕がそれに接触すればサードインパクトが起こるらしいよ」

巨人に眼をやりながら、渚は言った。

「接触した生命を含めすべての種が一瞬で滅びる。もちろん君達リリンもね」

今更言われるまでもない。だから今まで戦ってきた。

「とっくにご存知って感じだね。だけどこれはどうかな。サードインパクトの後のこと。サードインパクトが起こったとしても人はただ滅びるんじゃない。新しい形で生まれ変わるんだ。一つに結合して、単体の生命としてね」

――!?

「な…!?」
「そうすれば君の望んでいる通りの世界が訪れる。A.T.フィールドも必要ない、戦いや争い、人を失う苦しみや悲しみ、君はそのすべてから解放されるんだ」

――!

「君には魅力的な世界だろ?そこでは誰も君を傷付けない。君が傷付けることもない。誰一人傷付く者のない世界。そんな世界が訪れるのに、それでも君は僕を止めるっていうの?」
「……」
「止めるって言うんだろ?」
「……」
「言うんだろうな。だって君には大切なものがある。セカンドや葛城三佐、それに何よりファーストがいる。君が彼女を守らない訳がないからね」

綾、波。

「サードインパクトが起これば彼女とも一つになれるのに。二度と失うこともないのに。でも君は拒否するんだろ。だったら何をすべきかわかるよね。ねえ、そんな温いやり方でいいの?僕を殺さなくていいの?良くないだろサードチルドレン!君を見てるとイライラする。答えろ!君は何の為に僕を追って来た!」
「うるさいうるさい黙れ!!」

僕は大声を出して遮った。でないと冷たい声に飲まれそうになる。
再び正体のわからない違和感が頭をもたげる。
流されるな流されるなこれは挑発。
そうだ、これは挑発だ。だけど何故?どうして彼は挑発する?
彼の語る言葉。彼の語らない言葉。
言葉の奥の真意。
真実はどこだ。
彼の。彼は。
そうだ、彼は――

「……騙されないぞ。嘘つきめ」

彼は、使徒。
”嘘つき” の ”敵” だ。

「信じないの?まあいいけど」
「君の言葉には耳を貸さない。僕は自分の意思で君を連れ戻す」
「せっかく教えてあげたのに。だったらファーストと一つになる前に消えるんだね。ああそうそう、ファーストと言えば!ねえ、彼女は元気?」

――え?

「ファーストだよ。教会にいただろ?もう回復した?」
「なん……!?」

なんで。何故?何故彼が “知って” いる!?

「なんで君がそのことを知ってるんだ」
「あれ?彼女から聞いてない?じゃあまだ回復してないの?おかしいな、そんなはずはないんだけど」
「お前…っ!」

血の気が引いた。彼を使徒だと認識した時よりも、もっと。
綾波。綾波は今病室にいる。廃墟で倒れていたのを僕が見つけた。
そのことを知っているのは僕とミサトさんだけ。 “あの日” 以来姿を見せなかった渚は知らないはずだ。

「お前……綾波に何をした!」
「さあ?別に?」
「答えろ!!」
「さあね。彼女が回復したら彼女に聞けよ。それよりやっぱり食い付いたね。なんだ、最初からこれを言えば良かった」
「答えろ渚!!」

答えを待たずに殴り付けた。いや、もともと答えなんか返るはずもなかった。
だって彼は使徒なんだ。嘘つきで卑怯で真実を隠す。
僕は正面から拳を入れた。それはやはり届かなかった。再び笑い顔を作った彼を殴りつけると、攻撃は放射状に拡散されて受け流された。

「やれば出来るじゃないか」
「うるさい!綾波に何をしたんだ!」
「クク、やっと面白くなって来た。ねえ、次はどうすんの?僕のA.T.フィールドをこじ開けてみる?」
「黙れ黙れ!うおおお!!」

渚のA.T.フィールドに指を掛ける。左右に開いて引き裂こうとする。
開かない開かない開かない開かない。

「これをどけろ渚!」

開くはずもない。

「渚!!」

この程度で開くわけがない。

「くそっ!次だ!」

蹴りを入れる。殴り付ける。一度引いて踵を入れる。
攻撃は全て拡散され消滅した。もうさっきみたいに弾き飛んだりもしない。
手応えのない壁を一方的に責めた。変化のない赤い眼が綾波のそれと重なり怒りが湧いた。
綾波に何をした。お前のせいで綾波は。
綾波は、もう回復している。一時は脱水で危なかったけれど。
何も語らない綾波。綾波に何かしたのなら、許せない。

「はあっ、はあっ」
「なんだ、もう終わり?」
「まだだ!」

後ろに跳んで間合いを開けた。そして機体の胸に刺さったままの弐号機のプログナイフを引き抜き、構えた。

「へえ、武器を使うのか」
「悪く思うな。おおおお!」

助走を付けて切り付ける。刃先は当たり前のように届かない。
両手に持ち替えて突き立てる。二人の間のA.T.フィールドから火花が散り、そこを何度もナイフで突いた。

「どけろ!これをどけろ!」
「……」
「そこから出てこい卑怯者!」
「……」
「出てこい!!」
「……ねえサード、 “痛い” 」
「何!?」
「 ”痛い 、やめて” 」
「!!」

一瞬怯んだ隙だった。渚が白く光ったのを見た時は既に遅く、機体は再び吹き飛び水面に背中から倒れていた。

「かはっ!」
「あはは!君はわかりやすいね!」

こんな時まで他人のことか、と彼は笑う。

「僕と戦ってんのに僕の心配してどうすんのさ。そんなんで僕を倒せるの?」
「くっ!」
「そんなナイフじゃ脅しにもならないよ。残念だね、君は結局誰も守れないんだ。だったらどうする?次はどうする?さっさと立て!どうするんだって聞いてんだよ!」
「畜生ちくしょううあああ!!」

立ち上がってまた構えた。両手でナイフを握り締めて彼に向けた。
モニターに呆れたような顔の渚が映った。
確かにこんなナイフじゃ彼には届かないだろう。だけど僕にはもうこれしか残っていない。
崩せない。掴めない。彼を止められなければサードインパクトだ。
だったらどうする?次はどうする?アスカならどうする?綾波ならどうだ。
僕はどうすればいい。このまま世界の終わりを目にするのか。誰も守れない自分を知ってしまうのか。そうなれば僕はきっと耐えられない。全てが終わる前に壊れてしまう。
それが嫌なら僕はどうする。僕は――

「なんだまたそれか。ねえ、それもう飽きたよ」
「うるさい!うおおおお!!!」

僕は、初号機の胸にナイフを突き刺した。

「ぐああああっ!」
「!?」

ナイフは装甲板を貫いた。胸の中心に走る焼けるような痛み。
だけどまだ浅い痛みにナイフを引き抜き、再度胸に突き刺した。

「がはっ!かっ、は!」
「……おい、何してる」

ナイフの振動で火花が散った。痛みと灼熱感に視界が霞む。

「何してる。頭がおかしくなったのか?」
「ぐっ、く!」
「脅しのつもりか。そんなんで脅しになると思ってんの?下らない真似はやめろ」
「う、あっ」
「やめろっつってんだよ。やめろ。やめろ馬鹿なのか君は!」

ガン!と両手に衝撃が走り、渚のA.T.フィールドが初号機の腕を弾いた。弾みでナイフの抜けた傷口から生温い液体が吹き出した。
取り落としそうになったナイフを握り直し、同じ傷にもう一度突き立てた。今度は驚く程すんなりと深く刺さった。

「ああああっ!!」
「馬鹿な」
「あっあ、あっ、あ」
「ちっ!どういうつもりだ!」

ガンガンと渚の波動が腕に当たる。その振動で胸の痛みが全身に回る。
痛い痛い、痛くて堪らない。
だけどこの程度じゃまだ浅い。深く。もっと深く。

「ぐっ、っ」
「馬鹿な真似はやめろ!自分が何をしてるのかわかってんのか!」
「……うる、さいっ!」
「君は僕と戦う運命だ!放棄するなんて許さない。さっさとそれを抜け!抜け!!」
「うるさいっこの使徒め!お前の運命なんかっ、知るもんか!!」

引き抜いた傷口から灼熱が溢れた。胸の体液が大量に溢れた。
浅いまだ浅い。もっと深く。渚の言葉が届かない程深く。

「使徒の言葉なんか信じない!何が運命だ!君の運命なんか僕には関係ないだろ!君は嘘つきで卑怯者だ!使徒のくせに、敵のくせに僕に近付いて、散々かき回して裏切ったくせに!綾波のことを傷付けたくせに!」

僕を好きだと、言ったくせに。

「君のことなんか信じない。後の世界なんか信じない。使徒の言う世界なんて、どうせまた嘘だらけの世界だろ。もうたくさんだ!そんな世界に飲み込まれるくらいなら、どうせ誰も守れないなら、僕は僕の世界を自分自身で終わらせる!」

僕の手で

「あの日の、綾波みたいに!!」
「!!」

三度目のナイフが胸を貫いた。深く。今度こそ深く。
その証拠に僕は喀血し、呼吸困難に陥った。
ブラックアウトしそうな視界に、初号機の腕に取り付く渚の姿が見えた。
白く光り、髪を逆立たせ、ゼロ距離でA.T.フィールドを発動しようとしている。

「サード!サード!」
「クぁ」
「くそっ!自死なんてさせるか!サード!」

のどからおかしな音が鳴り、終わりの時が近付く。
シンクロをカット出来ない今、このままナイフを抜かなければ呼吸は止まるだろう。
霞む意識の中、初号機の腕に最後の力を込める。
渚は腕ごとナイフを破壊する気だ。
だったらどうする。僕はどうする。
だったら渚が腕を破壊する前に、僕は僕の世界を。

「サード!!」
「なぎ、さ」

守るんだ。