「カヲル……あんた、頭大丈夫?」
「ワシ、渚が生徒会役員なんかやっとる理由今初めてわかった気がするわ」
「渚くんって真面目なのね」
「え?え?え?」

???

どういう意味だろう?
僕の素朴な質問(?)には、何だかよくわからない返答が返って来た。

「それどういう意味?」
「うーん……僕達、っていうか少なくとも僕は、君が思うような大袈裟なことは考えてないけど。ねえ?アスカ」

え、そうなの?

「そうよぉ。だって私達、セカンドインパクトの時はまだ生まれてなかったもの」

それはそうなんだろうけど。

「だからセカンドインパクトデーって言っても、正直実感湧かないよね」
「え」
「そうやのぉ。ワシが覚えとるんは、ガキん時、まだ生きとったうちの婆さんが、米が高い米が高い言うて嘆きよったことやな。なんでもセカンドインパクトで日本の四季が無くなって、一時期米が採れへんようになったそうや。せやから米の特売日には学校休んでスーパーの開店に並ばされたこともあるで。ワシにとってセカンドインパクトの影響ちゅうたらそんな思い出やな」
「うちも鈴原と似た感じ。お野菜とかお魚とか食べる物は大変だったみたいね。私はまだ子供だったから大人の事情まではわからなかったけど」

鈴原くんと洞木嬢は「そうだったそうだった」と頷き合いながら、子供時代を懐かしがっている。シンジ君とセカンドも顔を見合わせてはいるが、育った環境が違うせいか今一つピンとこない顔。
ファーストはいつもの無表情だ。
米?野菜?
セカンドインパクトは多くの死者を出し環境すら変えた大災厄だった筈だけど、リリンの印象ってそんなもんなの?

「米……」
「なんや。何ぽかんとしとるんや渚」
「いや…ちょっと予想外だったんで驚いたよ。特にシンジ君みたいなタイプは、もっと犠牲者に同情とかシンクロとかしてるもんだと思ってた」
「そりゃあ僕だって少しは大人は大変だったんだなって思うよ。でもやっぱり生まれる前の出来事だし、感覚的には歴史の授業みたいな感じかなぁ」

そうなのか……。

「大体ねぇ!世間で言われてるセカンドインパクトって、今だに巨大隕石の衝突ってことになってんじゃない。政府の流した嘘情報なんかにしんみりなんてしてらんないわよ」
「あらそう?私はちゃんとお祈りしたわよ。嘘の情報だったのかもしれないけど、実際被害者の方も大勢いらっしゃるんだし」
「あ、ほらやっぱり洞木さんみたいな人もいるじゃないか」
「うっさいわねぇ。ヒカリは特に真面目なのよ。でもまさかあんたまで同じタイプだったなんてね。他人のことなんて一番関心なさそうなあんたがねぇ」

「驚きだわ」と、今度はセカンドと鈴原くんがうんうん頷き合っている。
ふぅん。どうやらここにいるリリン達にとっては、本当にセカンドインパクトデーは特別重要な日ではないらしい。
何となく拍子抜けした気分になって上を向くと、そこには味気ない天井に蛍光灯が貼り付いていた。白い光の蛍光灯は、本物の太陽の代わりに精一杯の灯りを演出している。

「ふぅん……そんなもんなのか」
「渚は意外と真面目に集会に参加してたんだね」
「そうじゃないよ。僕は……雨とか水とか、そういうことを考えてたよ」
「は?」
「ちょっとあんた!今いかにも優等生みたいなこと言ってたじゃない。何よお祈りしてたんじゃなかったの?」
「僕はお祈りなんかしてないよ。してるのは君達の方だと思ってたんだ」

僕はサイレンの間ずっと空を見ていた。死者になんか祈ってない。そういうのってリリンの専売特許だろ?
そもそも僕にはセカンドインパクトなんてどうでもいいんだ。
身勝手に追い求めた理想の結末に、僕は同情したりしない。
セカンドインパクトが起きた理由、それはヒトのエゴだ。
僕も要因の一つではあるけれど、それだって僕が望んだわけじゃない。
望みを抱くのはいつだってリリン。
偽りの希望で多くのヒトが死に、それは凄く滑稽で馬鹿馬鹿しい出来事だと思う。
思うけど、でも。
でもヒトにとってはそうじゃないんだろうと思っていた。
そうじゃないんだろうと思うようになった。シンジ君やここにいるリリン達を知ってから。
だけど、そうでもない場合もあるのか。
ふぅんそうか。
なんだ、そうか。
ふぅん…。

「なんや。まだ変な顔しとるな」
「うんーちょっと拍子抜けしたかな。でも君達にとってセカンドインパクトデーが特別な日じゃないなら、今日の集会はしんどいだけだったね。凄く暑かったし」
「そうなのよー!途中暑すぎて倒れるかと思ったわ。何なのあの長い演説っ」
「あれはもう校長の趣味やな。全国共通の校長の趣味や」
「僕も……こんなこと言ったら大人の人に悪いかもしれないけど、早く集会終わらないかなって思ってたよ。やっぱり暑くて」
「えええ!?そこまでそんなもんなのシンジ君!?」
「はは……まあ。でも今日はまた特別だよ。後に渚の誕生会っていうイベントも控えてたからね。そのこと考えてたら気が散っちゃって」
「え?」

ん?

「せやな。そういやワシも飾り付けのこと考えとったなぁ。集会ん時」
「そう言えば私も。お祈りした後は、お料理のこと考えてたわ」
「あーら、私は朝からパーティーのことしか考えてなかったわよ。どうせ毎年同じ隕石の話聞かされるだけなんだから、楽しいこと考えなきゃやってらんないじゃない」
「アスカは一番張り切ってたよね。僕なんて昨日から何回味見役させられたことか」
「う、うるさいわね!パーティーの言い出しっぺはバカシンジ、あんたでしょ!」

んんんんー?

「今日の飾りつけによってはワシのセンスが問われるさかいなぁ」
「え」
「玉子焼きにお塩入れるかお砂糖入れるか悩んじゃって」
「え?」
「僕は後片付けを考えるとお昼からため息が……ってうそうそ、冗談」
「え!ちょっと待って、君達お昼はずっとそんなこと考えてたの?黙祷もせずに?」

あのサイレンの中で?

「黙祷はしたわよ。でも頭の中は皆そんなもんでしょ。あんたぐらいのもんよ、その雨とか水……だっけ?ワケわかんないこと考えてたの」
「ええー?」

これは……なんというか。

お昼のあの暑苦しい全校集会で、早々放課後のことを考えてたリリンが4人。
これは、なんというか。
これ、なんていうか。

「フィフス」
「ん?」

ふと、左手のシャツが引っ張られた。見るとずっと無言だったファーストが、僕のシャツの袖を摘んでこちらを見ている。

「ケーキ」
「え?」
「私はケーキのこと。ケーキ、担当だったから」

……4人じゃなくて5人だったか。

「そっか」

ということは。
世界中の人々が祈りを捧げていた中、少なくともここにいる5人のリリンは、僕の誕生会のことを考えていたことになる。
僕が空を見上げている間、彼らの心は死者じゃなく、シ者のことを考えてたってわけか。知らない過去なんか通り越して。

「ふん」

真面目に眼を閉じながら、彼らが想像していたのが僕のことだなんてちょっと可笑しい。
世界をぶっ飛ばしたセカンドインパクト。それと引き換えに魂を宿した僕。
多くの人々の祈りに便乗して、青空に運ばれてった僕の17歳の誕生日。

「ふっふー」
「なんやなんや。今度は急にニヤケだしたで」
「むふふ。こういうのも悪くないね」
「なんのこっちゃ?」
「大方昼間の暑さで頭イカれたんでしょ。放っときなさいよ、気持ち悪い」
「フィフス、気持ち悪い」
「こらこらアスカも綾波さんもー」
「あはは。渚、改めて誕生日おめでとう!」
「うん、どうも」

“誕生日”

「ありがとう」

――――――――………

パーティーは日付が変わる直前まで続いた。
途中、女性陣が完全に井戸端会議モードに移行したので、男性陣のみ新発売の対戦ゲームで盛り上がった。
やがてそれぞれ解散し、僕もシンジ君の後片付けを簡単に手伝った後、帰路についた。
宿舎への帰宅中、ふと思い出して学生鞄に入れっぱなしだった携帯電話を覗いてみると、一件のメールが届いていた。差出人は、現在親の仕事の関係で他県に住んでいる相田ケンスケだ。

『渚、誕生日おめでとう!元気でやってるか?こっちは相変わらず仲間と自衛軍の基地を覗いたりしてバリバリ元気だ。誕生日プレゼント代わりに最近陸自に配備されたばかりの新型戦車の画像を送るから、良かったら待ち受けにでも使ってくれ。痺れるぐらいカッコイイぞ!そいじゃ』

添付画像は一体どうやって撮影したのか、陸上自衛軍新型戦車の写真だった。
僕はそれを待ち受け画像に設定すると、『ありがとう』とメールを返して携帯を折り畳んだ。そして、空を見上げた。

空は雲一つない夜空。
この空の、今はそんなに星の出てない黒の中には、やがて雨を降らすだけの水と、僕の誕生日が潜んでいる。
水も僕も形を変えて、今はたまたま空に溶けたり、リリンの側で生きてたりする。
この先僕はもしかしてまた姿を変えて、いずれこの世界から消えてしまう時が訪れるのかもしれない。
だけど今日僕の友人達が、
セカンドインパクトより、
サイレンの黙祷より、
校長の長話より僕の誕生日を考えてくれていたという事実は、やはり水のように形を変えて、世界のどこかに残っていくに違いない。

9月13日。夜も晴天。
今日は最高の誕生日だ。

END.