プレゼントの後はケーキが出てきた。今度はセカンドの号令じゃなく、 「碇くん、ケーキ」 というファーストの一声で、シンジ君がキッチンからロウソクの乗ったホールケーキと人数分のお皿を持って来た。
「シンジ君、今日は君、使われてばっかだね」
「そうなんだよ。実は今日の僕の役割分担 “雑用と後片付け係” でさ。だから君らが帰った後このお皿とか全部僕が洗わなきゃなんないんだ。知らない間に一番大変な役にされててさぁ、もーまいっちゃうよ」
シンジ君は苦笑しながらも電気を消してロウソクに火を点けてくれた。
僕が願い事をしながらロウソクを吹き消し、もう一度電気が点いたらファーストがケーキを切り分けた。
ケーキはシンプルなチョコレートケーキ。ホワイトチョコでhappy birthday KAWORUと書いてある。
皆さっきまで散々お腹一杯と言っておきながら、当たり前のようにケーキが別腹なのはちょっと笑えた。
「あ、そうだ。そう言えば今日、僕の学校で全校集会があったよ」
皆のケーキが半分程減った頃、僕はふと今日のお昼の事を思い出した。
「セカンドインパクトについて長々校長の演説聞かされてさ、正午から一分間の黙祷させられたよ」
あの時見た清んだ青空と、焼ける太陽。空の端っこの白い雲。そしてその空に吸い込まれたサイレンの音。暑くて堪らなかった炎天下の長話を思い出すと、まだ頭のてっぺんに青の名残が残っている気がする。
「君達んとこはどうだった?やっぱ黙祷みたいなのさせられた?」
正午のサイレンは日本各地で鳴ったみたいだから、やはり他の学校でも同じ時間に同じようなことやってたんだろうか。
「ああ、させられたさせられた。今日は僕らの高校でもお昼から全校集会だったよ。ていうかセカンドインパクトデーの全校集会って、多分どの学校でも恒例行事だよね。転校してくる前の学校でもやってたし、小学校の時も毎年必ずやらされてたよ。校長の話が長いのも毎年同じ」
「そうなんだ」
「そうなのよねー、日本じゃセカンドインパクトデーに普通に学校とか行くのよね。ドイツじゃ考えらんない。ドイツで9月13日って言ったら休日よ。学校も企業も殆ど休みになって街の中ガランとするのが普通だから、日本に来てどこも休みじゃないのがびっくりしたわよ」
へえ。そうなのか。
「うふふ、アスカったら初めてセカンドインパクトデーのサイレンを聞いた時、凄ーく驚いてたわよね。何あれ警報?って」
「警報?」
「だってそう思うじゃない。ドイツじゃお昼にサイレンなんか鳴らさないし、新しい使徒でも襲って来たのかと思ったのよ」
「アホなやっちゃなー。ええか、使徒はもうここにおる渚しか残っとらんのやで?その渚がこっちの仲間になったんや。今更何が襲って来るっちゅうねん」
「うっさいわね!わかってるわよそんなこと。日が日だけにちょっとびっくりしただけでしょ」
まあ何たって “セカンドインパクト” デーだ。その日の真実を知る者にとっては、彼女ような警戒もわからなくはない。
「そう言えば、渚くんも生まれはドイツだって言ってたわね」
「うん。でも僕はドイツと言っても殆ど “外” に出たことがないから。一般的なドイツ人の生活は知らないんだ。セカンドインパクトデーが休日だってことも今初めて知ったよ」
「渚は世間知らずやからなぁ。ある意味箱入りのボンボンちゅうやっちゃ」
「あはは、とてもそうは見えないけどね」
食べ終えたケーキ皿を簡単に纏めながら、シンジ君が笑う。
「で、渚。その集会がどうかした?やっぱりアスカみたいに驚いた?」
「いや、僕は事前に生徒会で学校行事の日程を聞かされてたから驚きはしなかったけど、でも皆何を考えてんのかなぁって気にはなったよ」
「うん?」
「僕は別にセカンドインパクトデーに特別何の感慨もないけど、リリンにとっては特別な日なんだろう?皆黙祷しながら何を考えてんのかなって」
あの暑い中外に出て、厳粛な顔しながら校長の話を聞いて、その時何を思ってたんだろう。
「サイレンが鳴った時、君らは何を考えてた?やっぱり過去の悲劇に胸を痛めたり、犠牲者を悼んだりしてた?皆が同じ思考を持ち、同じ時に同じように同じ祈りを捧げるなんて、なんだかちょっと、」 面白いよね。
僕はそう言って、シンジ君が回収したお皿タワーの一番上に自分のケーキ皿を乗せた。
日本に来て早2年。
去年の今頃は、ゼーレを抜ける ”手続き” でごちゃごちゃしてて、セカンドインパクトデーどころじゃなかった。
ヒトとして生きる道を選んだ僕は、手続きという名目の監視監禁の下、一年以上政府に拘束され、その間ありとあらゆる検査を受けさせられた。
結局第一中学には殆ど通うことなく、試験だけを受けて卒業した。
その後、滑り込みで受けた今の高校に合格して入学。今はシンジ君やここにいる皆と、学年だけなら同級生だ。
まともに学校に通うのも、リリンとして普通の生活をするのも初めての僕には、今の暮らしは色んなことが新鮮で、特に今日のような、見ず知らずの他人の犠牲に思いを馳せるようなリリン特有の同調思考を目の当たりにすると、それは初めて碇シンジに出会った時に感じたあの形容し難い鮮烈な感情を思い起こさせ、不思議な気持ちになる。
碇シンジが見せた他人の為に流す涙。
死んだファーストが残した誰かを想う心。
それらに触れた時、確かに僕の心は揺れたんだ。
……って、あれ?ん?
ふと気が付くと、皆一斉に不思議そうな顔をして僕を見ていた。
あれ?僕何か変なこと言ったかな?