「はぁ~あ、食った食った!もう食われへんでぇ~」
鈴原トウジが膨れたお腹をパンパンやりだす頃には、あれだけあった食べ物は殆ど皆の胃袋の中に消えていた。
「ふぅー私もお腹いっぱい。うふ、ちょっと作り過ぎちゃっわねヒカリ」
「そうねぇ。やっぱりこれにチャーハンまで作らなくて正解だったわね」
「え、もしかしてこのゴハン、全部君達が作ったの?デリバリーじゃなくて?」
ちょっと思わぬ会話が聞こえたので、最後の一個になったミートボール(と言っても爪楊枝で二個一組にまとめてあるから正確に言うなら二個だ)を口に放り込みながら聞いてみた。
「手作り?」
「そうよぉ。ふっふ~美味しかったでしょ。私とヒカリで昨日から下準備して作ったんだからね。ちゃんと味わって食べたでしょうね」
うわ。意外だ。セカンドが料理なんて。
「今日のこのお誕生会ね、私とアスカが料理担当なの。鈴原が部屋の飾り付け係で、綾波さんがケーキ買い出し係。前もって分担決めていたのよ」
「へえ、そうなんだ」
「せやで渚!この壁のキラキラの飾り、ワシが真心込めて張り付けたんやで。どや、中々センスええやろ!」
成る程。所々トナカイやらソリやらのクリスマスの流用があるなと思ったら、これは鈴原くんのセンスか。
「フィフス、ケーキ食べる?」
「ファースト。ああ君はケーキ担当だっけ」
「ええ、もう食べる?」
「待ちなさいよ。その前にまだやることがあるでしょ。シンジ!アレ持って来ちゃって!」
……?
セカンドの号令でまたもや席を立ったシンジ君は、奥の自分の部屋から綺麗にラッピングされた大小の紙袋と、30×30センチくらいの真四角の箱を抱えて戻って来た。大きい方の紙袋には赤、小い方の紙袋にはピンク、真四角の箱には青のリボンが付いている。
シンジ君がそれらを慎重な手つきで床に下ろすと、皆わらわらと彼のもとに集まった。
「はい、渚。これ僕達からの誕生日プレゼントだよ」
「おめでとう」と言いながらシンジ君に手渡されたのは、大きい方の紙袋だった。
「僕とアスカと綾波からだよ。前に君が欲しいって言ってたやつだからきっと気に入ると思うよ」
受け取った紙袋はずっしりと重い。この重さといい袋の厚みといい、どうやらこれは分厚い本のようだ。
赤いリボンの付いた水色チェックの紙袋には、黒の油性ペンで『アスカ&レイ&シンジより』と書かれている。他にもハートや星や顔文字なんかが書いてあり、いわゆるデコというやつだ。
「これ、僕にくれるの?」
「当たり前だろ?その為のプレゼントなんだから」
「中に何が入ってんの?」
「ふふ、開けてみてよ。わかるから」
「今開けてみてもいい?」
シンジ君の代わりに隣のファーストが頷いた。
「あったり前でしょ!あんたへのプレゼントよ!」
セカンドのお許しも出たので、油性ペンのメッセージを破いてしまわないよう、慎重にセロテープの封を剥がして袋を開けた。
中に入っていたのは――
「わ! “絶滅種・及び絶滅危惧種植物図鑑” だ!」
それは僕が前から欲しいと思っていた図鑑・上下巻セットだった。
「これもらっていいの!?本当に!?」
「ふふ、おめでと渚」
「ありがとう!うわ、これ中々普通の本屋に置いてないんだよ!超嬉しい。超ありがとうシンジ君セカンドファースト!」
「でもあんたも物好きねー。そんな変な図鑑見て面白いの?買う時ちょっと中開いてみたけど何が面白いのかさっぱりだったわよ」
「僕には面白いんだよ。あー読むの楽しみだなー」
「うふふ。渚くん、私からもプレゼントがあるの。受け取ってくれる?」
今度は洞木嬢に小さい方の紙袋を渡された。この紙袋は白地にピンクの小花柄。僕の手のひらより少し大きいぐらいの大きさで、リボンがレースとシフォンの二重仕立てになってて可愛らしい。
「ありがとう。開けてもいい?」
「ええどうぞ」
開けると中からは銀色のバングルが出てきた。
表面が少しボコボコの『C』の字の形をしたバングル。サイドに一ヶ所ゴシック調の十字架が彫ってある。
手触りも金属にしては柔らかく、どこか温かみのあるバングルだ。
「どうかしら?渚くんってアクセサリーとか身に付ける人なのかわからなかったんだけど……」
「確かにアクセサリーの類は自分じゃ買わないけど、でも嬉しいよ。ありがとう」
「うふふ」
「ねえ、これってシルバー?」
「ええ、私最近シルバーアートに凝ってるの。銀の粘土でいつもは指輪やネックレスを作るんだけど、男の人だから指輪より腕輪の方がいいかなと思って」
「え、だったらこれ、これも君の手作りなの?」
「ええ腕輪は作ったの初めてだから、あんまり自信ないんだけど」
洞木嬢はそう言って少し頬を染めた。
うそ凄い。こんなの個人で作れるんだ。
「へぇーさすがヒカリね。手作りブレスなんてやるじゃない。いいわねーフィフス。そうだ、あんたにはその変な図鑑あげるから、そのブレス私に頂戴よ」
「なんでさ。駄目だよ」
「じゃあちょっと見せてよ。わぁ、十字架の部分結構細かく彫ってんのね。ほらシンジ見て見てー!」
「ちょっと……ちゃんと後で返してよ」
僕のバングルは僕より早くセカンドの腕にはめられてしまった。
細い手首にはまった男サイズのブカブカな腕輪は、彼女が腕を動かす度に蛍光灯の灯りを反射してキラキラ綺麗。
一応僕への贈り物なのに、真っ先に他人の腕にはまっていいのかなと思ったが、贈り主の洞木嬢が「今度アスカにも何か作ってあげるわね」なんてニコニコしているもんだから、これはこれでいいかな、とも思った。
「か~~!お前らなんも分かっとらんな~。お前らそんなんでホンマに渚のダチのつもりかいな!」
それまで黙っていた鈴原トウジが突然声を上げた。
「本だの腕輪だのチャラチャラしたもんばっか贈りよってからに」
「なによ鈴原!あんた私達のプレゼントにケチつける気!?」
セカンドと洞木嬢に同時に睨まれ一瞬怯みつつも、鈴原くんは手に持った真四角の箱を僕にグイと差し出してきた。
「べ、別にケチつけとるわけやない。ただ渚にはもっと相応しいプレゼントがあるっちゅうこっちゃ。ほれ渚、これワシからや!遠慮へんほ開へてみへや!」
両頬をそれぞれ気の強い女性達に引っ張られ、最後は気の毒な顔になった彼の手から箱を受け取る。
箱はリボンとお揃いの鮮やかなブルー。中身は――白黒模様のボールだった。
「サッカーボール?」
「せや!運動神経のいい渚にピッタリやろ!」
そのサッカーボールはレトロな白黒五角形デザインだった。新品特有のなめした皮の匂いがする。
鈴原くんはうんうんと自慢気に頷いて胸を張った。僕もつられてうんうんと頷いた。
「どや?渚は頭も良いけど運動神経も抜群やさかいな。本ばかし読んで生徒会役員なんかやっとるより本来は運動部で活躍すべきなんや」
「そうなの?」
「せや。大体何で皆その才能を埋もらせたままにしとくんかワシにはわからん。渚やったら野球でもサッカーでも活躍間違いなしやで。部屋に籠っとるんは勿体ないて」
「ふうん、それでサッカーボール」
「せや!サッカーは野球みたいに練習禁止になっとる公園少ないさかいな。相手がおらんかったらワシでも碇でも呼び出してくれたらいつでも付き合うで。なあ碇」
「えっ、僕も!?」
シンジ君は突然話を振られてびっくりしている。
確かに、今日集まったメンバーは高校になって皆学校がバラバラになってしまったから(唯一シンジ君とファーストだけ同じ高校だ)、突然そんなことを言われても困るだろう。
だけどたまには時々こうして集まってサッカーをするなり公園でダベるなりするのも、想像してみるとちょっと楽しい。
それに僕が入ってる生徒会にも体育会系出身の奴が何人かいる。彼らを誘ってみるのもアリかもね。
白黒ボールの五角形の向こうに、華麗にヘディングを失敗してコケる鈴原トウジの姿を想像して、僕は彼にお礼を言った。
「ありがとう、誰か誘ってみるよ。もしも相手を頼む時は連絡するよ」
「おう!」
「シンジ君もよろしく」
「う、うん」
シンジ君は強引だなぁと苦笑いをしながらも、本当はそんなに困ってない顔だ。
僕はサッカーボールをもう一度に箱しまうと、植物図鑑の紙袋と、漸く戻って来たバングルと一緒にテーブルの脇に置いた。
「男子のプレゼントっていつまで経ってもセンスが子供ねー」
「なにおう!?」
セカンドが鈴原くんに冗談の皮肉を言っているけれど、僕にはどの贈り物も同じぐらいキラキラして見えた。