「登録終わりました」
「ああそう、ちょっと見せて。うんオッケーだね。じゃあ運び込むよ。おい君達!持ってきて!」

返却した認証機を確認した白男は、今度は黒服達に顎をしゃくってどこかに行かせた。
若者が偉そうに大人を使っている態度が気になりつつも、もうさっさと商品を受け取ってしまいたい僕は大人しく黒服が戻るのを待つことにした。

「あ、戻って来た。よし碇シンジ君、君ちょっと玄関の扉開いたまま押さえてて」
「こうですか……ってちょっと!ちょっと待って!何ですかあれー!」

あとはパソコンを受け取るだけ……だと思っていた僕は、またもや大きな声を上げなければならなかった。戻って来た黒服達が持っている段ボール、それは大型冷蔵庫が入っていそうな巨大な物だったのだ。

「ストップ!ストーップ!止まれ止まれーー!」
「ん?何?」
「何じゃないよ!それ違うよ僕が頼んだやつじゃないですよ!」
「え?うそ?」
「それ冷蔵庫じゃないですか!僕が買ったのはパソコン、そんな大きな物じゃないですよ!」

なんてことだ。大袈裟なユーザー登録までさせられたのに、結局配送間違いだったとは。

「まったく……おかしいと思ったんですよ。届くのが早過ぎるから」
「パソコンって、PCのことだよね?」
「そうですよ。ノートパソコンがそんなに大きいわけないでしょ。すみませんけど間違いです、さっきの登録取り消して下さい」

思い切り不信感を込めて睨んでやった。当たり前だ。網膜や声紋まで登録したんだからな。変なことに使われたんじゃたまったもんじゃない。
しかし何故か白服は、逆に呆れたような顔でこちらを睨み返してきた。

「君ねえ、PCだけあってどうするつもり?メンテナンスはどうすんのさ」

メンテナンス?なんだそれ?

「PCは後から持って来るよ。必要だからね。でもその前にメンテナンスの機材を入れてからだ。本体の維持管理はどうするつもりさ」
「維持管理?」
「そうだよ。調子が悪くなったらどうすんの?定期的にメンテナンスしなきゃすぐに壊れるよ。これはその機材。言っとくけどこれでも最新型だからね。今の技術じゃこれより小さいものはない。あ、機材はこれだけじゃなく他にもいくつかあるんだけど」

なんだって!?今のパソコンってそんな仕組みになってるの?

「君は規約も読んでないみたいだからどうせこの辺の説明も読んでないんだろ」
「うっ!規約は読んだって言ったじゃないか!」
「まあいいよ。どっちにしろメンテナンスの項目は知らないみたいだし。なんだか君っていい加減だな。金持ちのマニアって皆こうなのかな」
「だっ誰が何のマニアだ!」
「で、どうすんの?これ運んでいいの悪いの?メンテナンスせず使うつもりなら壊れても文句言わないでよ。その場合当然返金もないし後の処分も自分でしてもらうけど」
「う、またこのパターン……」
「どうすんの?」
「うう……」
「どうすんのさ」
「……運んでください」

一体さっきから何やってるんだろう。ネットでパソコンを買って、配送が来た。それだけの話のはずなのに、何だかわけのわからないことになっている。
重い荷物を抱えて腕をぷるぷるさせていた黒服達は、白い男が「いいよ」と言った途端にアパートの中に入った。
1DKの部屋に置くには大きすぎるそれを取り敢えずダイニングキッチンに置いてもらうと、その後は黒服達がそれぞれ外と中を行ったり来たりして、その度に大型テレビ位の段ボールや、洗濯機位の段ボールや、電子レンジ位の段ボールを次々運び込んで、六畳のダイニングがみっちり満杯になったところでようやく止まった。
…………なんてことだ。こんなに付属品が多いなんて。
今時のパソコン事情とそれを知らなかった自分に涙目になった。

「どうやらこれで全部みたいだね。部屋が一つ潰れてしまったけど一通り入って良かった。君たちどうもご苦労様」

玄関で呆然とする僕の耳に、白男が黒服達を労う声が聞こえる。しかし僕はこの大量の荷物をどう返品するかで頭が一杯で、もう彼らのことなどどうでも良かった。

「じゃあこれで終わり。お買い上げどうもありがとう」
「はあ……どうも……」
「君達ももう帰っていいよ」
「それじゃあ僕もこれで……」
「そこにあるのがPCだよ。でもこれだけ荷物があると生活スペースが狭すぎるよね。早いとこ梱包解いて片付けないと」
「そうですね。あ、ドア閉めます」
「そうだなあ、この荷物は隣の部屋に移動して、そこのベッドの横にでも置いたらいいんじゃないかな」
「そうですね……ん?」
「こっちの配線はどうするか。メインの機材は重くて動かせないからここで良いとして、それとこれをケーブル追加して接続して、ああでもそれだとこの位置じゃ邪魔か。どうしよう」
「あの……ちょっと、おい」
「君はどう思う?やっぱり機材と居住スペースは分けた方がいいよね?それにしてもこの家狭いな。狭い上に部屋をわざわざキッチンとリビングに分けてるから、これなら壁をぶち抜いて広い部屋を一つ作った方が」
「おい待てよあんた!なんでまだ人んちにいるんだ!帰ったんじゃなかったのか!」
「うん?」

気が付くと部屋の中に白男がいた。僕と一緒にダイニングキッチンに立ち、一緒に段ボールを眺めている。

「もう用は済んだだろ、帰ってよ!大体なんで家の中にいるんだよ!」
「なんでって、なんで?」
「ふっ不法侵入だぞ!出てってよ!警察呼ぶぞ!」
「え、なんで?」

僕は我に帰ってゾッとした。段ボールに呆けている場合じゃなかった。
こいつ、当たり前みたいな顔をしてここにいる。全然悪びれた様子もない。
さっきの黒服達と一緒にこいつも帰ったと思っていた。でもこいつはここにいて、部屋に僕と二人きり。
これは……やばいかもしれない。
もしかして初めからこれが目的だったのか。無理やり段ボールを売り付ける押し売りとか、宅配業者を装った強盗とか。考えられる節ならいくつもある。
思えば最初から僕が金持ちかどうかに拘っていた。おかしなユーザー登録もさせられた。 まずい、どうしよう。なんでもっと考えなかったんだ。
とにかく家の中に入ってくるなんて普通じゃない。最初から普通じゃない連中だったけど、これはいよいよ普通じゃない!

「帰れったら!早く帰れ!」
「だからなんでさ」
「当たり前だろ!自分のやってることわかってるのか、これは犯罪だぞ!」
「犯罪は承知の上だろ?意味がわからない」
「いっ意味がわからないのは僕の方だ!本当に警察呼ぶからな!」
「呼びたきゃ呼んでいいよ。僕をどうこうするのは君の自由だし。生も死も君の自由、わかってんだろ?その為に僕はここに来たんだから」
「なっ何を言って……」

何を言ってるんだこいつは。

こんな状況なのに白男は全く動じる様子もなく薄笑いを浮かべていた。白いズボンのポケットに白い手を突っ込み、口の端を引き上げて僕を見ている。
赤い目、銀髪、白すぎる肌。
その姿はまるで。
まるで――

――あれ……?

僕の中にある種の既視感がよぎった。だけどそれは直ぐに消えた。
馬鹿、ぼんやりしている場合か。

「君は……何がしたいんだ。何が目的なんだ」
「目的を決めるのは君の方だろ。僕はただ従うだけだ」
「お、お金ならないよ。生活費が少ししか……嘘だと思うなら部屋中探してもいい」
「何それ?」
「そのお金がほしいならあげるよ。す、少ないけど僕の全財産なんだ。だからもう帰ってよ、頼むから」

外に黒服達が待機してるかもしれない、そう思うと足が震えた。幸い白男は今すぐ乱暴を働きそうな様子はなく、不思議そうな顔で首を傾げていた。

「お願い、帰って……」
「お金なんかいらないけど、君がどうしても帰れって言うならそれでもいいよ。でも僕の死体は君が始末しなきゃなんないよ。わかってるよね?」
「しっ死体っ!?死体って何だよ!やめてよ僕をどうする気だ!」
「どうもしないよ。するのは君の方だろ?」
「いっ言ってることがわからないよ!な、なんなんだ君!君、一体なんなんだよっ!!」
「何って、僕はロイドだよ。ヒューマノイド」

……!

「ヒューマノイド・タイプアダム・ナンバーT-13。君の、」

僕の。

「君のセクサロイドだよ。碇シンジ君」

END.