僕はベッドを飛び出すと、寝間着のTシャツと短パンのまま玄関に向かった。
1DKのアパートの短い廊下の先の扉を開けると、そこにはまだ誰もいない。でもすぐにバタンと車のドアが閉まる音して、共用通路の向こうから数人の男が現れた。
「んん…!?」
現れた男は全部で6人。白いシャツに白いズボン姿の若い男が1人と、その後ろに全身黒づくめのスーツの男が5人。
白い服の男は見た目高校生ぐらいの若者で、黒スーツ達は全員大人だ。
「な、何事!?」
思わず二度見してしまった。だって普通の宅配業者が来ると思ってたのに、現れたのはいかにも怪しい集団だったからだ。
なんだこいつら!?どう見たって普通じゃないぞ?黒い奴らはヤ●ザみたいな出で立ちだし、白い奴は……外国人かな?髪の毛が銀色だ。
まさかこいつらがパソコン運んで来たのか?とてもそうには見えないけど、他にそれらしき人影はない。
なんだか急に不安になってきた。そう言えばさっき、ドイツから空輸とかって言ってたっけ。もしかしてあのネットショップ、正規の販売ルートじゃなかったのかも。
何せこのご時世だ。怪しげなネットサービスなんかゴロゴロしてる。あのショップも安いからと思って飛び付いたけど、届く早さといいこいつらといい、ひょっとして危ない業者に当たっちゃったのかなぁ……。
怪しい集団はずんずんこっちに近付いて来ると、玄関先で固まっている僕の前で立ち止まった。
改めて目の前で眺めても、やっぱり異様な連中だった。
まず先頭の白い男。この男は服だけでなく、腕や顔もかなりの色白だった。眼には赤いカラコン(?)を入れていて、髪は灰色に近い銀髪。どこか中性的な顔立ちは、日本人と言うよりハーフか外国人のように見える。
黒服の奴らは……近くで見てもやっぱりヤ●ザだ。
ちょ、ちょっと怖い。
「碇シンジ君?」
突っ立っている僕に向かい、白い服の男が微笑んで言った。この声はさっきの電話の声だ。僕が電話で話してたのはこの男だったのか。
「君が碇シンジ君だよね?本人?」
「あ、はい。本人です」
「ふぅん、意外と若いんだ。もっとおじさんが出てくるのかと思った」
「え?」
「それにここが君が家なの?アパートメントなのはわかるけど、思ったより地味なとこだね。高額な買い物する割に質素なとこに住んでんだ。まあ家が小さいからと言って君が貧乏だと言いたいわけじゃないけど」
「は、はあ!?」
思い切り失礼なことをさらりと言って、白い男はもう一度にっこり微笑んだ。
いやいや待て。“にっこり” じゃないだろ!なんだなんだこいつ!?人の家にケチつけるのか!?
さっきの電話の時も思ったけど、お客に対しての態度が失礼過ぎやしないか!?
そもそもこいつ一人だけ異様に若いけど、どう見たって学生バイトだろ。なんでそんなやつにこんなこと言われなきゃならないんだ!
「なっ、なんなんですかあんた!地味だの貧乏だのって!」
「ああ地味っていう言い方は悪かったかな。ええと簡素?コンパクト?こぢんまり?まあつまりもっと大きな家を想像してたから驚いたってこと。こんな二階建ての集合住宅だとは思わなかった。あ、もしかしてこれが日本文化の長屋ってやつなの?長屋の定義ってなんだっけ?」
「しっ知りませんよそんなの!」
「まあいいや。とにかく君が碇シンジ君なら受け取りの手続きしてもらわないと。先にユーザー登録を済ませないと引き渡しが出来ない決まりなんだよね。良いかな?」
「ぐっ、ぐっ…!!」
僕が何か言おうとして言葉に詰まっている間に、白い男は後ろを振り返って手を上げた。すると黒服の一人がジャケットの内ポケットの中からタブレット端末のような物を取り出して、白い男に手渡した。
怒ってる僕のことなんてまるで無視。……なんだよこのマイペースな奴ら。
「はいこれ。知ってるとは思うけど指紋登録と網膜登録、声紋登録の三点が必要だから。使い方わかるかな?」
「え、えええ!?」
白い男は僕に機械を差し出すと、センサーらしきものを指差して説明を始めた。
「ここに指を置いて指紋をスキャン、ここに目をかざして網膜をスキャン、声紋は適当に自分の名前を言ってくれればマイクが勝手に音声を拾うから、後は “送信” を押してそれから……」
どうやら銀色の機械はポータブルの生体認証機らしい。
おいおい、今度は大げさな話になってきたぞ。最近はセキュリティに生体認証を使ってるとこは珍しくないけど、それでも一般的なのは指紋認証ぐらいだ。網膜や声紋まで登録させられるなんて、普通じゃちょっとありえないよ。
「網膜とか声紋とか、そんなのまで必要なんですか?」
「そうだよ」
「ただのユーザー登録ですよね?ちょっと大げさじゃないかなぁ」
ていうか、ユーザー登録ってこんな玄関先でするものなのか?
「そう?商品の特性上このくらいのセキュリティは当然だと思うけど。万一他人の手に渡った時にやばいだろ?ていうか、このことはちゃんと規約に書いてあったはずだよ。君、同意して申し込んだんだよね?今更何言ってんのさ」
え、規約?規約なんてあったっけ?
「えーっと……」
「何?もしかして読んでないの?」
「えー…」
「規約も読まずにあんな大金先払いしたの?なんだ、君やっぱり見掛けによらず金持ちなんだね。それとも単に大雑把なタイプなのかな。まあ僕としては読んでても読んでなくてもどっちでもいいんだけど、商品を受け取るんならユーザー登録は必須だから、君が嫌だって言うんならその時は」
「よっ読んだよ読みました!ちゃんと読んで申し込みました!登録ですね?はいはいしますよ、すればいいんでしょ!」
……なんだかもう面倒臭くなってきた。この際ユーザー登録でもハンコでも何でもいい。とにかくやる事だけさっさと済ませて早いとここの変な連中とおさらばしたい。
やっぱりこいつら、ちょっとどころじゃなくかなり変だ。人のことを貧乏だの何だの言う失礼な白服も変だけど、それを止めもせずに黙って立ってるだけの黒服も変。
こんな宅配人を寄越すネットショップは二度と利用しないぞ、と思いながら、僕は言われた通り目と指を読み取り機にかざし、マイクに向かって自分の名前を言った。
タブレットの液晶に表示された「送信」をタッチすると、数秒後「ユーザー登録完了」の文字が現れた。
よし。これであとは受け取るだけだ。