「あ、おはようアスカ。朝ごはんもうすぐ出来るから、ちょっと待ってて」
一階に降りると、キッチンからいいにおいがしていた。
「炊飯器セットし忘れたからトーストだけど、たまごはスクランブルと目玉焼き、どっちがいい?」
シンジはグリーンのエプロンを身に付けて手際よく動いている。既にスープとサラダは完成していて、あとはたまごと食パンを焼くだけだ。
「おはよう、んー今日は目玉焼きがいいわ。お塩でね」
「了解。コーヒーは入れる?」
「どうしようかな。シャワー浴びてから考えるわ。なんかお腹痛いし」
「大丈夫?」
「平気よ。あ、トーストは出てから焼いてよね」
「了解」
たまごを両手に持って心配そうな顔をするシンジに、こういうところは素直に好きだと思えるんだけどな、と思いつつアスカはバスルームに向かった。
アスカは今、シンジと二人で暮らしている。
サードインパクトから4年。生き残ったパイロット達に政府が与えたこの家は、10代の男女二人が暮らすには十分過ぎる程広い。
二階建て、3LDK、リビングもバスルームも広々している。
本来はファミリー向けの造りなのだが、あたしとシンジとじゃこれ以上ファミリーが増えることはないわね、と思う。
男と女の関係が不可能なわけではないが、今のシンジにその気があるとは思えない。それにたとえ行為をしたとしても、その先は望めない。
悪夢の補完計画から既に4年も経つのに、エヴァの元パイロットの肉体はあの時のまま。
彼らの身体的成長は、生殖機能も含め14歳で停止していた。
「んー、なんかやーな感じ」
階段を降りる時から感じていた腹部の違和感に眉をしかめた。
お腹が痛い。おかしな夢を見たせいかしら。それとも昨日の夜変なものでも食べた?
シンジのやつちゃんと賞味期限確かめたんでしょうね。思いながらパジャマを脱いだ。
腹は気だるい鈍痛で、腰が沈むような重さを感じる。熱いシャワーでも浴びたらスッキリするかもしれない。
下着を取り、バスルームの扉に手を掛けた。扉を開けようとして、足の違和感に気が付いた。
「え…っ?」
太股に何かが伝う感触がある。
下を向くと床にぱたぱたと血痕が散った。
「……!」
慌てて足の間に手を当てた。指で触るとぬるりと滑り、赤い血液が付着した。
「……う、そ」
アスカは血液の付いた指を凝視した。股から溢れる血液が内腿を伝う様を凝視した。
赤い滴が床を汚すのを見て、アスカの心拍数は増大した。鼓動が早まり、呼吸が乱れ、思考が停止する。
頭の中を整理する間もなくバスルームを飛び出した。
「シンジ!シンジ!シンジ!!」
「アスカ!?えっ、裸!?」
「シンジシンジ!シンジあたし!」
「アスカ!?」
「あたし、あたし……!」
「アスカ落ち着いて、一体どうしたの?何が……」
飛び込んできたアスカを抱き止めて、シンジは漸くそれに気が付いた。
目の前に突き出された指と、頬を伝う涙。女らしい白い内腿を伝う、赤いもの。
アスカは頬をぐしゃぐしゃに濡らしてシンジの胸にすがり付いてきた。その細い両肩にシンジはそっと手を回した。
「アスカ、これってもしかして……」
「うっく、シンジ、シンジあたし、」
「そうか、来たんだね、そうか……良かったね、アスカ」
「っく、シンジぃ」
「大丈夫だよアスカ、ちゃんとマヤさんに診てもらおう。僕も一緒に行くから心配ないよ。きっと大丈夫だよ、大丈夫」
「うぇっ、えっ、ええーん」
「アスカ」
「うええーん!シンジ、シンジぃ!」
「うん、アスカ。うん……」
アスカは子どものように泣いた。泣きながら、折角今日は泣かずに起きたのに、と悔しくなった。
シンジは泣きじゃくるアスカの背中を優しく撫で、服が血液で汚れるのも構わず抱き締めた。時々こうして泣き出すアスカに、今日は女性を感じる。
「よかったね、アスカ」
アスカはぼんやりと夢の鳥を思い出した。蛇のような長い首の、変な鳥。どうして死んでいたのかしら。
私の中から溢れる血液は、きっと死んだあの鳥だ、と思った。
END