自分とよく似た気配を背後に感じ、僕は声を掛けられる前に返事をした。

「やあ」
「ここにいたの」

声の主は白い少女。僕は赤のエヴァンゲリオンに左の手で触れたまま、顔だけ振り向いてもう一度同じ事を言った。

「やあ」

珍しいね。君から話し掛けてくるなんて。

「碇君が探していたわ」

広い格納庫に少女の声が響く。
少女の名は、綾波レイ。彼女は抑揚のない平坦な声で、しかしとても耳障りの良い発音で僕に言った。

「行ってあげて」

僕は良い声のお返しに笑顔を作った。しかしレイは無表情だ。

「わざわざ言いに来てくれたのかい?」
「いいえ」
「じゃあ、君も弐号機に何か用?」
「いいえ」
「ふぅん、ならこんな所を散歩?あ、それとも碇司令の命令か」
「……」

レイは僅かばかり眉を寄せた。僕と同じ色の瞳が、僕を睨んでいるようにもそうでないようにも見える。

「あれ、当たった?」
「あなたには関係ないわ」
「でも一応見に来たんだろう?」
「あなたには」
「乗るかもしれないんだ?弐号機に」

今度は確実に睨まれた。へぇ、 ”そういうこと” には表情が変わるんだ。

「残念だったね、君の零号機」

吹っ飛んじゃったね。君の体ごと。

「……」
「だから次はこれに乗るかもしれないんだろう?」
「まだ、わからないわ」
「でも碇司令はそう言ったんだよね?」

初号機はきっともう、君を受け付けてはくれないだろうからね。

「あなた……」
「だけど駄目だよ」

僕はエヴァに手を当てたまま体だけをレイに向けた。少し高さのあるここからは、彼女を見下ろす形になる。

「弐号機には僕が乗るんだ。悪いけど君の出番はないと思うよ」

レイは下から僕に視線を向ける。その整った顔立ちは美しいが、声と同じで表情は乏しい。微かに刺さる眼差しのみが、僕に不快感を主張する。

「だからさ、君はのんびりしてなよ。あとは僕がやるから」

そう言って僕はもう一度笑ってみせた。しかしレイは再び元の無表情に戻っただけだった。

「まだ、わからないわ」

ふぅんそう?僕はわかるけど。
僕は弐号機に触れていた左手を引いた。肘の下から指先にかけて、ピリッと引きつれた感覚が走る。振り解く要領で軽く下に払って手を離した。
離した左手に手首までの白い手袋をはめて、僕はエヴァから離れた。片足でトン、と飛んで下の段に着地する。その足でレイまで近付き、 「ま、取り敢えずありがと。知らせてくれて」 彼女の肩に軽く触れながら言った。

「あーついでに悪いんだけど、シンジ君がどこにいるかってのはわかるかな?」
「……あなた」

するとレイは、触れた僕の右手に自分の右手を重ねて言った。

「あなた、私と同じ感じがする……何故?」

お、や!

「確かに、僕らの肉体を構成する物質は同じ。姿形も、この星で生きていく為人の子へと辿り着いた」

僕はレイに顔を近付けた。至近距離からその瞳を覗く。

「でも違うのは、これまで誰と出会い、お互いどう生きてきたかってこと」

彼女の赤に、僕の赤が映る。

「君と僕は似てるけど、同じではない。以前君が僕にそう言った言葉だよ」

ねぇ?ファースト。

「覚えてないの?」

レイは瞬きもせずじっと僕の眼を見ている。感情の読めない綺麗なだけの瞳。
いや、感情は読めないのではなく……

「ふぅん。本当に忘れちゃったんだ?」

つまんないね。

僕は彼女から離れた。重なっていた右手も離れる。自由になった手をポケットに突っ込み、僕は軽く会釈をしてレイの横を通過した。

「まあいいや。シンジ君は自分で探す事にするよ」
「……」
「んじゃ、どうも」

後はご自由に。
もっとも、もう弐号機は僕以外には懐かないだろうけどね。

格納庫の出入り口で僕は一度振り返った。レイは何も言わず、じっと僕の方を見ている。
その人形のような表情に、胸の奥からじわじわと何だかわからない感覚が湧き上がってくる。
つまらない顔。
つまらない表情。
つまらないつまらないつまらないね。
僕は言った。

「君さ!シンジ君の事が好きだったんだよ!」

格納庫に僕の声がこだました。

「残念だったね!忘れちゃうなんて!」

死んじゃうくらいに好きだったのにね。

「忘れるなんてさ!」

ねぇこんな、 「面白い、気持ち!」

クク。あははは!

何故か苛立つような可笑しさに僕は笑った。黙って僕を見ているレイ。その無言の瞳がイライラする。
ねぇファースト。ねぇファースト!
好きって、何?
君の好きって何なのさ?
死んだら忘れちゃうくらいのもんだったの?
記憶も全部吹っ飛んじゃったの?
じゃあ相手を ”好き” なのって肉体の方?死んだら腐って消えちゃうの?
嬉しい苦しい暖かい恐い。
君が死んだ後、シンジ君は大変だったよ。
そして今でも多分君を想ってる。君が戻って来るのを望んでる。
君はそれでも嬉しくないの?
あはは!そんなの!

「つまんないね!!」

それでも彼女は無言だった。僕は踵を返して格納庫を出た。
ああ、可笑しい。可笑しくて可笑しくてイライラする。
早くシンジ君の所に行こう。
シンジ君が僕を探してる。
シンジ君!
シンジ君!
シンジ君!

「君のファーストはやっぱり死んだよ!」

だからもう。

僕でいいよね?シンジ君。