* * *

「……てな事を約束したんだけど、シンジ君」
「え?そうだっけ?」
「ひどいっ!!」

渚カヲルはひっくり返った。ソファの上で大の字になって、隣に座る僕にがんがん蹴りを入れてくる。

「いたた!何だよ!」
「何だよじゃないよ!何だよじゃ!」

蹴りのパワーがレベルアップした。
今日は渚の誕生日。コンビニ袋一つでケーキも持たず、ぶらりと彼の部屋へ遊びに来た僕は、思わぬ渚キックの洗礼を受けている。いたたた。

「祝ってくれるって言ったじゃないか!」
「そんな事言ったっけ?」
「言ったよ!必ず君を!心から!祝うっ!って!!」
「あーそういえば何となく……」
「何となくじゃなくてハッキリ!ハッキリキッパリバッチリ言った!」

渚はそう言うとキックの連打でとうとう僕をソファから蹴落とした。

「あいた!」
「大体僕が何でサードインパクト思い止まったと思ってんの!?君のその言葉のせいだよ!?」

僕は憤慨する渚を横目に、大げさに腰をさすりながら立ち上がる。

「まぁそう怒るなよ」
「怒るよ!」
「ちょーっと忘れてただけじゃないか」
「それがヒドイんだよ!」
「それに偉そうに言ってるけどさ渚、サードインパクトは一応起こそうとしてたじゃないか、君。それを僕が阻止したんだろ?」

ソファの上でまだ寝そべっている彼の頭の横に座り直した。

「起こそうとしたけど途中でやめただろ!」
「でも僕が止めなきゃやってた」
「あれ止めたっていうの!?」
「止めたじゃないか。ドグマで、初号機で。僕を消してくれだとかなんだとか、君が色々言うからさ」
「あれはねぇシンジ君!」

ガバリと起きて渚は言う。

「あれは君が僕を初号機で掴んだまま三日三晩も悶々とし続けて、その間飲まず食わず寝らず状態で、挙句不眠と脱水症状で自分勝手に死にかけてたから、僕が仕方なく病院に運んだんだろ!」
「そうだっけ」
「そうだよ!僕も皆に結局何しに来たのこの使徒?って顔されたよ!」
「じゃあほらやっぱりサードインパクトと誕生日の話は関係ないじゃないか」
「うっ!!」

やれやれ……。渚はカエルみたいな顔をしてムムッと口をつぐんだ。どうやら本気で怒ってるのか鼻の頭なんかちょっと赤い。余程楽しみにしてたのか、それとも僕の意地悪にムカついたのか、とにかく彼の機嫌はすこぶる悪いみたいだ。
取り敢えず僕はソファからベッドの上に避難してみた。

「渚ぁー」
「……知らないよ」
「渚ってー」
「知らないって!」
「もう拗ねるなよ」
「君はいたいけなシトの心を踏みにじる極悪人だよ」
「いたいけなシトって……」
「極悪魔だよ」
「ごくあくま?」
「極悪大魔王だよ」
「……」
「君なんか、君なんか、極悪大魔王大ゲンドウだよーーっ!!うわーーん!」

今日こそキスしてもらえると思ったのにーー!と、渚はわざとらしい派手な泣き真似を始めた。

「アホか」

僕は家から持って来たコンビニのビニール袋を彼の頭に投げ付けた。

「何だよ大ゲンドウって」
「君の事だよ!性格の悪さは父親譲りだ!」
「にひひ」
「喜ばないでよ!」

僕は今度はベッドの上の枕を彼の顔面に投げ付ける。

「バフッ!」
「いいからそれ見てみなよ」
「?」
「枕じゃないよ、そっち」

渚は枕を抱いて、きょとんとそれに目を落とした。

「……コンビニ袋?」
「……」
「中身はおやつ?」
「……」
「ガム?」
「……」
「…?」 ………… 「……あ」

見つけたか。

「あーーーーー!!」
「ふふ」

コンビニ袋の中から小さな紙袋を発見して、それに可愛い黄色のリボンがかかっているのを更に見つけて、渚は思い切り飛び起きた。

「嘘っ!嘘嘘!」
「開けてみなよ」
「何これ何これシンジ君ーー!」
「開けてみな」
「わはーー!」

あっと言う間に紙袋を破ってあっと言う間に中からチャラチャラの十字架を取り出して、それを目線の高さでぷらぷら揺らして、眼を真ん丸にした今日の主役は、「わ!」と言うなり、お尻の力でぴょんと跳ねた。

「わ!わ!」
「キーホルダーだけど」
「わわ!」
「あんまり高いの買えなくて」
「これはもしかして!」
「約束しただろ?」
「シンジ君!!」
「うわ」

渚は立ち上がるとキーホルダーを片手に両手を広げた。そのまま飛び掛かって来るんじゃないかと思わず身構えたが、彼は、 「シンジ君!」
「な、なに」
「シンジ君っ!」
「うん」
「シンジくん!!」
「ハイ」
「シ、」
そう言って胸の前で両手で大事そうにキーホルダーを包むと、すとん、と座った。そして体を横にこてんと倒して足をきゅうっと曲げて、でっかい胎児のポーズを作った。

「渚?」
「うー……」
「渚……」
「……れしい」

「うれしいよぉシンジくん」

渚はきゅうきゅうに丸まってきゅうきゅうの声を出す。見てると何だか……こっちまできゅうきゅうになる。
僕はベッドから移動して彼の隣に行く。横倒しの頭の横に腰を下ろすと、くにゃくにゃに笑った渚の顔が見えた。

「ありがとうシンジ君」
「うん」
「君とお揃い?」
「実は違うんだ」
「でも嬉しい」
「どんな祝い方されると思ってた?」
「もっとすんごいの」
「……」
「ちょっとエロいの」
「……」
「でもこれが一番嬉しい。何百倍もうれしい。想像してたよりずっとずっと嬉しい」

渚……

「……マジ、泣けてくるよおー」

きゅうきゅうの真ん丸使徒は一年前、来年は二人共この世にいないと言った。不貞腐れた顔でプレゼントをねだるから、少しは困ればいいと『約束』をあげた。
約束を守れて良かった。君が生きてて良かった。
もちろん僕も……生きてて良かった(危なかったけど)
ハッピーバースディ渚カヲル。
君と、
君が生きるこの時と、
君を生かすこの世界に、
感謝。

END.