happy birthday to -1

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9月13日。晴れ。
この日、第三新東京市の空にサイレンの音が鳴り響いた。


――――――――………

サイレンが鳴った時、僕は校庭にいた。
いや、正確に言えばその時校庭にいたのは僕だけでなく ”僕ら”。
この日、使徒である僕がこの春から通っている高校では全校集会が開かれていた。集会の理由は勿論、今日9月13日が『セカンドインパクトデー』だからだ。
校庭に集う生徒達には、正午のサイレンと同時に一分間の黙祷が命じられた。
低く、それでいて突き抜けるようなサイレンの音が鳴り始めると、生徒達は一斉に目を閉じ頭を垂れる。
きっとこのスタイルは世界中どこの国でも同じ。
死者と過去を静かに想う、弔いの形。祈りの形。
今日は幾つもの国々で幾人もの人々が、こうやってセカンドインパクトの悲劇とその犠牲者に祈りを捧げるのだろう。
僕は、皆が眼を閉じると同時に空を見上げた。

空は目眩がする程の晴天。
遠くの方で出来立ての入道雲が見える他は、視界に映るものは青しかない。
勿論、校庭に植えている落葉樹や学校の外に建つビルの壁、電柱電線、そんなものは目に入る。
しかし、今日の空はそれらを全て青く塗り潰していた。そしてその空を割くようにサイレンは鳴った。
尾を引き、青に吸い込まれるサイレンの音を聞きながら、僕は思った。
空には。

空には今は何も無いけれど、しかしこの空のどこかには、いずれ雨に成るだけの水がある。
水は今どこにあるのかな。
雲の中ってのは濡れるのかな。
水は個体液体気体と姿を変えるけれど、どれが本当の姿なのだろう。
17年前の今日、今僕の中にある魂は、本体であるアダムの身体から分離した。
その後魂はタブリスと言う名の使徒、つまり今の僕の肉体に宿り、やがて用が済めばリリスと共に大気に霧散して消える筈だった。
アダムに入っていた時も、タブリスに入っていた時も、霧散して消えたとした後も、本来は同じ魂なのにどれも全て見え方が違う。
この空の、今は大気に溶けて隠れている水のように、
雲なったり雨になったり、
河になって海へと流れたり、
遥か遠い地では氷へと変わり、やがてそれも溶けて再び空へ戻ったりしても。
それは全て同じもので、そしてきっと違うものだ。
それはまるで水のようだ。
魂はまるで、水のよう。
今日は夕立、降るのかな。


サイレンが止み、視線を空から校庭に戻すと、他の生徒達もまた顔を上げていた。
僕ら生徒達全員の視線の先には、校庭を一望出来るように設置された壇上があり、そこからこの高校の校長がセカンドインパクトについてあれこれ語っている。
サイレンが鳴る前に既に30分も聞かされていたセカンドインパクト話は、更に延々と続きがあり、結局僕らが話から解放されたのはそれから30分後のことだった。
話の間、生徒達は大人しく沈黙していたが、それは皆この晴天の直射日光にバテて意識が幾らか朦朧としていたからかもしれない。

校庭はそのくらい暑かった。



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