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おはよう渚。今日はバレンタインだね。
まだ朝っぱらの登校前だと言うのに、君が既に持ってる右手のその紙袋は、早々と渡された女子から君へのチョコレートかな?
君は案外モテるよね。朝イチで女の子からチョコレートを貰えるなんて。ネルフの前で待ち伏せでもされてたの?
ああいいよ答えなくて。大体想像がつくからね。
頬を染めて朝から君を待つ女の子と、きょとん顔でチョコを受け取っちゃう君。
女の子は君に紙袋を渡すと、
「お返事待ってます!」
とか言ってそそくさと走り去ったりしてさ。
君はどうせお礼も言わずに、
「あれ?君ちょっと」
とかなんとか、あの子誰だろうぐらいに思ってたんだろ。
失礼なやつだな。君ってホント鈍感だよね。
バレンタインにチョコレートを貰ったらまずお礼!でもってしみじみ喜びを噛み締める!
これが男の常識だよ。なんでこんなやつがモテるんだか。顔が良ければいいってもんじゃないぞ。女の子も案外そういうとこ見る目ないよなぁ。
……何?ヤキモチ?
ヤキモチなんか妬いてないよ。なんで僕がヤキモチ妬かなきゃならないんだよ。
男は男にヤキモチなんか妬かないの!
僕は君が、朝からチョコレートの入った紙袋をぶら下げて、ニヤニヤ笑ってるのが気に入らないだけ。嫌みか君は。
確かに僕は君みたいにモテないよ。だけど今日は僕だって朝からミサトさんとアスカにチョコレートを貰ったんだ。だから数だけ言うなら今のとこ僕の方が勝ってる。たとえこの後追い抜かれるとしても、今はね。
だけど僕は君みたいに、これ見よがしにチョコレートを見せびらかしたりしない。僕ならその紙袋は折り畳んで、中身と一緒に鞄にしまうね。
だってカッコ悪いじゃないか。いかにも僕モテるんですみたいでさ。そういうのは然り気無くやらなきゃ。
それに君がそのまま登校したら、きっとクラスの男子の反感を買うよ。そんなのごめんだろ?特に君はそういうの面倒臭いって思うタイプだ。ふふん、当たってるだろ。
だったら早くその紙袋は小さく畳んで、鞄の中に入れなさい。
そうそう、その中身もだよ。そう、その赤い包装紙に水色のリボンの付いた、それだよ。
早く目につかない所にしまっちゃって。
もう、わざわざ僕に見せなくて良いってば!
……うん?何?
手に取れって?
これ僕にくれるって?
なんでだよ。君のチョコだろ。
え、違う?
バレンタインだから?
え、これ、君が女の子に貰ったんじゃなくて?
君が買ったの?
君が?僕に?
僕のために?
嘘だよそんな。なんでそんな。
だってまさか。まさかそんなの。
そんなの――
「うん、だからそれ、君にあげるよ。シンジ君」
――――――――………
「嘘だ卑怯だ反則だぁっ!!」
シンジ君はそう言うと、僕の手から赤い包装紙のチョコレートの小箱を引ったくって、今降りてきたばかりの自分のマンションのエレベーターへと駆け戻ってしまった。
エレベーターはあれよあれよという間に上に上がって、また下がって、再びシンジ君が僕の前に現れた時は、その手にはもう何も持っていなかった。
「シンジ君、僕のチョコ……」
「いいからさっさと学校行くよっ!遅刻するだろ!」
シンジ君に鞄を引っ張られて通学路に向かう。怒り顔したシンジ君。始業時間にはまだ余裕があるのに、ずんずんと大股で学路を急ぐ。
「ねえ、どこにやったのさ僕のチョコ」
「冷蔵庫だよ。このまま学校に持って行くわけにはいかないだろ」
「ふぅん、帰ったら食べてくれんの?」
「知らないよ。普通男は男にチョコなんか貰わないんだよ。だから知らないよ」
知らないと言いつつもしっかり冷蔵庫に入れに行くあたりがシンジ君らしくて可笑しくなった。多分僕のチョコレートは、今朝貰ったとかいうセカンドと葛城三佐からのチョコの隣で今頃冷えてる。
さて、これは喜んでいると取って良いのか悪いのか。バレンタインに朝イチでチョコを送るという僕の作戦は、果たして成功したのだろうかしてないのだろうか。
「シンジ君嬉しい?」
「なっ、何が」
「バレンタインにチョコを貰うと男は喜ぶって聞いた」
「それは女の子に貰った場合だろ。君は男のくせに女の子の真似なんかして何やってるんだよ」
「なんだ。じゃあ嬉しくないんだ」
「そうは言ってない。ちょっとびっくりしただけ。君ってほんと変なことするなぁ」
シンジ君は「取り敢えず今のとこ僕のチョコが3つで勝ち点3点」と言って、膨れた顔のままニヒヒと笑った。
その勝ち点の中には僕のチョコが一つ含まれているわけだから、本当は勝ちも負けもないと思うのだが、でも彼がチョコの数で僕に勝って喜んでるならそれもまた作戦の効果の一つだと思うことにして、僕は「はいはい」と言っておいた。
それにこれはどう考えても照れ隠しだと思うんだ。勿論面と向かって聞いたところで彼は絶対うんと言わないだろうから、確証なんて無いんだけど。
「渚のひきょーものっ」
何が卑怯なのかは聞かないでおく。本当は結構嬉しいんじゃないのとも言わないでおく。
それらは全部ホワイトデーまでのお楽しみに取っておくとして、僕は隣で怒ったり笑ったり赤くなったりしているシンジ君に、もう一度「はいはい」と言っておいた。
(ちなみにその日の僕の戦利品は23個で、帰り道ではシンジ君に23回お尻を蹴られた。なので来年のバレンタインは先に30個程チョコレートを贈っておくことにする。彼に勝ち点を与えることが、どうやらバレンタイン成功の鍵のようだ)
END.