ぽん、と放られた小さなモノ。
ぱし、と顔の前でキャッチして手を開くと、それは消しゴム大の小さな車だった。

「なにこれミニカー?」
「チョロきゅー」

赤くて小さな可愛い車。その細部まで精巧に出来たミニクーパーを指で摘んで眼の上にかざす。タイヤは動くみたいだ。

「置いてくよー」

僕にチョロきゅーを投げたシンジ君は、初詣客でごった返す神社の境内をすいすい泳いで先に行く。

「待ってよ!」

僕は振り袖の女性達を掻き分けて後を追った。

「うわー凄い人だね。暑苦しいし歩き辛いなぁ」
「渚が初詣に行ってみたいって言ったんじゃないか」
「まさかこんなに人が多いとは思わなかったんだよ。リリンがこんなに神社好きなんて知らなかった。日本人は仏教徒が多いんじゃなかったの?まあ神仏習合の多宗派民族とは聞いてたけど」

ここまでとはね。そう言うとシンジ君は、 「えー?神仏なんちゃらは知らないけど、お正月の神社は特別だよ。ゼーレも肝心な事は教えないよなぁ」 と呆れ口調で眉毛を下げて、人混みの奥の本殿にその顔を向けた。

「神様ってこんだけの人の願い事いちいち聞いてんの?」
「聞いてるだろ。なきゃ困る。お賽銭あげてるんだから」
「……シンジ君てガメツイ」

僕は手に持ったチョロきゅーを再び眼の上にかざした。

「これどうしたのさ?」

親指で後輪をくりくりすると、小さなタイヤはシーシーと音を立てる。
バネ仕掛けかな?意外に重い手応えだ。

「買ったんだよ。君にあげる。お年玉」

シンジ君はちろりと横眼で僕を見て、 「それさー、渚」

それは一度後ろに引いて前に進む仕掛け。単純だけど、進むと気持ちいいおもちゃの車。

「なんか僕らみたいだろ?」
「へ?何が?」
「後退しなきゃ進まないところ。なんかまるで、」 まるで。 「まるで僕らの恋みたいだ」

参拝客の波に少しだけ前進しながら、シンジ君は 「ま、今年も宜しく」 と、照れた横顔で笑った。

END.