「シンジ君好きだよ。ねえ君は?」

いつものように好きだよと言われて、
「ああそうですかどうもありがと、そんじゃばいばいまた明日」
と背を向けて、そこで漸く僕は彼の言葉に気付いて、振り返った。

「え?渚、今何て?」

聞き間違い?

「『シンジ君好きだよ』」
「じゃなくてその後」
「『ねえ君は?』」
「う!?」

うわっ!

思わずうわっと声を上げそうになって両手で口を塞いだ。
うわ、初めて聞かれた。渚の口から「君は?」だなんて……。

「な、何で急にそんなこと聞くんだよ」
「うん?だっていつも僕が君に好きだって言うばかりだから。たまには君の返事を聞いてみたいなってさ」
「へ、返事って……」
「好きとか嫌いとか色々あるだろ。それを聞きたいって言ってんの」
「それなら前に答えたことあるだろっ」

嫌いじゃないって、伝えたじゃないか。

「 “嫌いじゃない” って?でもその前に “好きじゃない” とも言ってたよね。そういう曖昧なのじゃなくて、ちゃんと好きだとか嫌いだとか断定して欲しいんだよね。たまには君の本音を教えてよ。今日は折角エイプリルフールなんだからさ」

ん?エイプリルフール?

そう言われて考えてみると、今日は四月一日だ。四月一日と言えば、世間では一般的に嘘を付いても良い日とされている。
ということは渚のコレは嘘とか冗談なのかな。
なんだちょっと安心した。いきなり僕に愛の告白をしろって言われてるのかと思った……と言っても、べ、別に返事が愛の告白と決まったわけじゃない(…と思う)んだからなっ。

「なんだエイプリルフールか」
「そう嘘の日。だから別に嘘でもいいよ」
「うん?」
「本音を聞きたいと言ってもやっぱり良い返事が聞きたいわけだからさ。君が好きだって言ってくれるなら嘘でもいいよ。ねえ、冗談でいいから僕が好きだって言ってみせてよ。君の口から好きだって聞かせてよ」
「!」

「ね?」と小首を傾げて渚が笑う。いつもみたいにニヤニヤ笑っているけど、その顔は何となくこちらの様子を伺っているみたいだ。

「う……」

僕は冷や汗が出て来てしまった。
冗談めかして言っているけど、渚は多分これ……本気だ。
エイプリルフールのせいにしてるのはきっと彼なりの保険で、ニヤニヤ笑いの奥のちょっと緊張した表情が、僕に彼の本音を伝えてくる。こうして友達みたいに過ごしているけど、本当は不安なんだって伝えてくる。

(ど、どうしよう……)

まさかそう来るとは思ってなかった。今まで適当にかわしていても追及なんてされなかったのに、今更なんでそんなこと聞くんだよ。

「駄目?」
「う」
「シンジ君」
「うぅ……」
「……」

返答に詰まっていると、今度は渚が黙ってしまった。それが気まずくて頭をフル回転させて何とかうまい返事を考えようとしたけど、そんなのそう簡単には浮かんで来ない。
どうしようどうしよう。
渚の言う通り、エイプリルフールの嘘ってことにして「好き」って言えば良いんだろうか。
だけどそんなの冗談なんかじゃ言えないよ。だけど本当の本音は、もっともっと言えないよ……。

「……やっぱいいや。ごめんさっきの嘘。冗談だよ」

あんまり沈黙が続いたせいか、やがて渚が折れた。

「今のエイプリルフールの嘘ってことにしといてよ」

そう言って「じゃあねバイバイ」と背を向ける横顔は、何となく悲しそう。

「ま、待ってよ!」

僕は慌てて呼び止めた。
呼び止めたって気のきいた返答なんて出来るわけないのに、このまま別れるのはやっぱり気まずい。だけど呼び止めたところで、その先は更に気まずい。
まともな返事なんて出て来なかった。

「何?シンジ君」
「え、えーと……」
「さっきの冗談だから気にしなくていいよ」
「えーと、その」
「気にしなくていいって。悪かったね変なこと言って」

変なことじゃ……ないけど。

「あは、そんな顔しないでよ」

渚は寂しそうに笑ってバイバイと手を振る。三日月形に細くなった赤い眼に諦めの表情が浮かんで、“そんな顔” は君だろって思ったら、急に心がぎゅっとなった。
そして僕は、咄嗟に大きな声を出していた。

「とっ、友達!君とはただの友達っ!エイプリルフールの嘘だけどっ!」

* * *

友達以上だと取ったのか、友達以下だと取ったのか、その後本当にバイバイと別れた時の渚は満面の笑顔だった。
僕は結局好きだも嫌いだも伝えてないけれど、それでも彼は満足したみたいだ。

「それも嘘かも知れないからね」

こっそり呟いてみたけど、独り言は誰にも聞こえてない。
もしかしたら今日の彼も演技だったのかも知れないけれど、そんなことどうでも良くなるくらい、僕の顔は熱かった。

END.