鈴蘭

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下を向いてうなだれる、消え入りそうな小さな花。
振ればリンリンと音のしそうなその花は、控えめで儚げな容姿とは裏腹に、体内に強い毒を持つと言う。
まるで君のようだ、と彼は言った。
君の毒は使徒ヒトリ殺すには十分だよね、と。

「……人聞きの悪い」
「そう?自分で似てると思わない?」
「全く思わない」
「僕は思うけどな。ほら」

渚はそう言って、学校の花壇に群生するすずらんの花を躊躇いなくブチリと引き抜いた。

「鈴蘭は花より葉の方が背が高い。小さな花を守るようにして葉が広がる。頑なに自分を守ってる君みたいだ。中で咲いてる花も俯いてるし」

二本、三本とブチブチ引き抜く。僕もしゃがんで抜くのを手伝った。

「一見謙虚そうなところとかシンジ君そっくり」
「一見って何だよ、一見て」
「君、僕には謙虚じゃないだろ」

……まぁね。

「そうやって大人しいフリをして実は毒性なんて、実に君らしい植物だ」
「言いたい放題だな」
「食べたら死んじゃうんだよ」
「食べなきゃいいだろ」
「 ”食べたら” 死んじゃうんだよねー。にひひ」
「……」

渚は含みのある笑い方で僕を見て、抜いた鈴蘭をぽいぽいビニール袋に入れて行く。

「……やらしいやつ」

僕はそっぽを向いて黙々と作業を続けた。

「ああーどうしよう、僕知らずに ”食べ” ちゃったよ。シンジ中毒で死ぬよねきっと」
「失礼な奴だなー」
「君に食当たり」
「汚いな!なんか!」

人を食中毒みたいに言うなよな、なんて思いながらも頭の端っこではトイレから出られない腹痛シトを思い浮かべてちょっと笑えた。

「冗談はいいからさっさと仕事終わらせるよ。学校で毒性植物生やしてるわけにはいかないんだから」
「面倒だね。誰がこんなとこに鈴蘭なんか植えたのさ」
「前の美化委員が知らずに自分ちの株分けしたんだって」
「そもそも何でシンジ君は美化委員なんて面倒臭いのやってんの」
「断れない男、それはガラスの様に繊細な僕」
「あー、ひまわり植えたいねぇ」
「聞けよ!!」


面の皮も腹の皮も厚い渚なら、鈴蘭の毒ぐらいじゃ死なないだろう。食べたところで精々腹を抱えて唸っているだけ。
そして彼のことだ。たとえ僕に毒があったとしても、頭から引き抜いたりなんてことはきっとしない。
だから僕も安心して咲いていられるのだ。彼の中で。

「せっかく咲いてんのに気の毒だから、一本持って帰ろうかな」

渚は柄にもなく花なんか持って帰ろうとしている。
丁寧に一株だけ除けられた鈴蘭を見て、この花は彼の部屋では図々しく上を向いて咲くんじゃないかな、なんて思った。



END.

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