「前は言えたんだよ、ごく普通に好きだってさ。でもある日突然言えなくなった。なんでかな」
「いつから?」
紙コップのココアに口を付けながら、レイは言った。
「いつから言えなくなったの?」
カヲルはポケットに手を突っ込んだまま、自販機に背中を当てて答えた。
「おととい」
随分最近ね、と言うレイに、カヲルはうん最近、と頷いた。
ネルフの休憩所で声を潜めて話す二人は、いつになく真剣な表情をしている。
「おととい。正確には一昨日の夕方。もっと正確にはシンジ君が僕の事を好きかも知れないって気付いてから」
「あら」
「はぁ……何で気付いちゃったんだろ……」
カヲルは下を向き、自販機に当てた背をずるずると滑らせてしゃがみ込む。
ヒトの世界にようやく溶け込んだばかりの使徒は悩んでいるのだった。
「気付かなきゃ良かった……」
レイはカヲルに顔を向けた。
「何故?」
「なぜって?」
「嬉しくないの?」
「嬉しくない」
「何故?」
「だって」
――だって好きって言えなくなった。
「言えなくなったんだよ。言いたいのに。なんでか知らないけど」
「何故かしら?」
「だからそれを知りたいんだって」
「変ね」
「だろう?」
カヲルは頬に手を当てて上を向く。
「はぁ……」
「その溜め息、碇君みたい」
「うわ、やめて」
「何故?」
「顔が熱くなる」
「何故?」
「わかんない」
「もう一度好きって言ってみたら?」
「だからそれが出来ないんだってば!」
「変ね」
「だろう?」
「そういう時、普通は嬉しいものだ思っていたわ」
「僕もそう思ってたさ、でも」
でも……
「……でも実際は怖い」
「怖いの?」
「うん、だって、」
だって、もし。
「もし、もう一度彼に好きだとか言って、うっかり『うん、僕も』なんて言われたら」
僕も好き、だなんて言われたりしたら……
「生きていられない気がする」
「何故?」
「心臓が爆発して」
「あら」
「……もしかしてそれが理由かなあ?」
「心臓の爆発?」
「うん」
「死の恐怖?」
「うん。それ」
「あり得るわね」
「だろう?」
シトだって生きものだしね。
カヲルがそう言うと、生存本能ね、とレイは頷いた。
「多分それよ。好きと言えなくなった理由」
「そうか……」
「自己防衛本能」
「なるほど」
「でも何故心臓が爆発するのかしら?」
「わかんない」
「あなた、ゼーレに心臓何かされてるの?」
「それはないと思うけど……」
「……変ね」
「だろう?」
「謎ね」
「だろう?」
レイは残りのココアを口に運びながら、カヲルはしゃがんで上を向きながら、
「変ね」
「だろう?」
と、首を傾げた。
END.