今日は僕の誕生日とやらなので、彼に使徒だと打ち明けてみた。
何でって?何でだろ。自分でも良くわからないけど。
「嘘だろ?」
「ほんと」
それを聞いた碇シンジは、プラグスーツを脱ぐ手を止めて、怒った顔と困った顔とを同時に作って、上を向いて下を向いて横を向いて、僕を見た。
「なんで急にそんな事言うんだよ」
「何となく」
「何となくで使徒だなんて言うなよ!敵だぞ!?僕ら!」
碇シンジはそう言って、物凄くしかめっ面で僕を睨んだ。
まぁそうだろうな。普通の反応だ。これで笑顔とかだったら……気持ち悪いね。
「別にホント何となくだよ。いいだろ?事実は事実なんだし。それに使徒だからって今すぐ何かするってワケじゃないしね」
「そういう問題かよ!」
「じゃあ君どうすんの?今から僕を殲滅する?でも僕まだ何もしてないよね?今だってほら、」
真面目に訓練とか受けてたし。と、僕は自分のプラグスーツの束縛を緩めながら言った。
「なんでだよ……」
「だから何となくだって」
「なんで使徒なんだよ!」
「……何でって君ねぇ」
じゃあ君こそ何で人間なのさ。犬でも猫でも使徒でもなく、何で君はヒトなワケ?それは愚問ってやつじゃないの?と思ったが……横目で流すだけにしておいた。何となく。
「まぁ良いだろそんな事どうでも」
「良いわけあるか!」
「使徒なものは仕方ない」
「渚!」
「それよりさぁ、シンジ君」
面倒臭い。話題を変えよう。
「今日は僕の誕生日なんだよね。君、なんか頂戴よ」
僕はスーツを脱ぎ捨ててロッカーから私服を取り出した。適当に腕を通して適当に着る。碇シンジはまだしかめ面でスーツのままだ。
「ねぇ、何か頂戴」
「……」
「くれないの?ケチ」
「……」
「何かちょーだい」
「……」
「ケチ」
つまんない奴。別にモノが欲しいわけじゃなかったけど、彼のつまらない反応になんだか意地悪をしてみたくなった。少し、困らせてやろうか。
脱いだプラグスーツをロッカーに投げ入れ、扉を閉めて腕を組み、背中を扉に当てて軽くもたれた。
「あのさぁシンジ君、僕の目的って、多分サードインパクトなんだよね」
途端に碇シンジの表情が強張った。眉間に深く皺を寄せて僕を睨む。何か言いたげに唇が動いたが、僕がそれを遮った。
「なぎ」
「サードインパクトってのはね!シンジ君!」
サードインパクトってのはさ、シンジ君。君もご存じの通り全ての生命を吹き飛ばす大爆発だ。無論僕も君も無事じゃ済まない。僕らどころか人類は残らず消えるだろうね。
今はまだ起こす気ないけど、まぁ近々やるんじゃないかな?とにかくいつかやるって事は確かだ。今は老人達の指示待ちってとこだね。
てことはさ、シンジ君。
「来年の今日は、君も僕もこの世に生きていないってワケだ」
「……!」
「若しくは君だけいないか」
もしかしたらアダムの肉片ぐらいは残っているかも。
「それか僕だけいないか」
その前に君に殲滅されたりして。
「まぁ要は二人一緒には居ないって事だ」
どっちも消えるかどっちかが消えるか。だからさ、シンジ君。
「二人一緒の最後の誕生日記念に、僕に何か頂戴よ」
「!」
碇シンジは黙っていた。眉を寄せて視線を下げて唇を結んでいる。下がった口角が時折引かれ、やはり何か言いたげに。言葉を探しているのか。
両脇の腕に眼をやれば拳を強く握っているのがわかる。
へぇ、本当に……困ってる。
この手の話題は君の急所だもんな。なるほどわかり易い。意地悪は成功か。
「……」
「ねぇ、どうなの?」
「……」
「何かくれる気になった?」
「……」
「どうせいずれはやり合うんだからさー。記念記念」
「……」
「何?だんまり?」
「……」
……やれやれ。
どうやら僕は彼の急所を突き過ぎたみたいだ。何も言わない碇シンジは床の一点を見ているばかり。
僕はそんな彼に飽きてきた。
「は!もういいよ」
体をぽん、と前に弾ませてロッカーから離れた。
何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。こんなつまらない反応を見る為に振った話題でもなかったのに。
じゃあどんな反応が見たかったのかと言うと、それはうまく言えないんだけど。
「まぁそういう事だから。また何か行動起こす前にでも教えるよ。いきなりじゃ君らもビビるだろ?」
「……」
「じゃあね。お疲れさん」
手を上げて二、三度振って、ポケットに仕舞うと僕は彼に背を向けた。しかし数歩と行かないうちに、
「待てよ!」
呼び止められ、僕は顔だけ振り向いた。
「何?」
「待てよ」
「だから何?」
「……本当なのか?サードインパクトって」
「……」
人の話聞いてたのかこいつ。何度も言わすなよ。
「意外と理解力ないね、君」
つまらない話の反復には嫌気が差す。せめてもっと別の面白い反応でもしてくんないかな。
すると彼はまた少し下を向いた。が、今度はすぐに顔を上げ、僕の目を真っ直ぐに見て言った。
「何が欲しいんだよ」
……え?
僕は固まった。え?うそ。
「何が欲しいんだよ?」
「え?」
「欲しいんだろ?誕生日プレゼント」
「……え」
「言ってみろよ」
「……マジで?」
嘘!?まさか本当にくれるわけ?君が?僕に!?
……信じられない。
反応が見たかったのは事実。困らせてやろうと思ったのも事実。でも本当にモノが欲しいとか、記念に何かとか、それどころか自分の出生日に実は思い入れも感慨も全然ないってのが真の事実だったんだけど、それが……
「大した物はやれないけど」
「あー、あのさシンジ君」
「早く言えよ。何が欲しいの?」
「あー…」
何がって。何が、って……
「……何でも、いい」
……だっていきなり何が欲しいとか言われても、欲しいモノなんて思いつかない。大体思い付きで言っただけだし、モノになんて執着ないし、でもそれでももし君が僕に本当に何かくれるんだったら、だったらそれは。
「何でもいいよ」
「何でも?」
「うん」
「うーん……」
碇シンジは右手の指を数本口元に当てて思案を始めた。僕は何だかさっきまでの退屈な気分が吹っ飛んで、妙にそわそわした気分になった。
何だろう。これからサードインパクトを起こそうかって奴に、彼は何をくれてやる気だろう。
何か少し、楽しみかもしれない。
いや少しじゃなくて結構……楽しみ、かも。
僕は待った。
「……」
「シンジ君?」
「……」
「あのさ、」
「……」
「キス、とかは?」
わけのわからない事を提案してみた。
「いやさ、前にキスした時思いっきり拒絶されたからさ、一度ちゃんとやってみたいんだよね。その、一夏の経験っていうの?」
何を言ってるんだ僕は。
「いや別に君とどうこうなろうってわけじゃないんだ。まぁ好奇心?って言うか一応僕も使徒だけど思春期なわけで、ヒトじゃないけどヒト並に色々やってみたい事もあるっていうか、それで、」
な、何を言ってるんだ僕は!
「それでそのー、あのー」
「……」
「……駄目?キス」
もう一度。君と。
「よし!!決めたっ!!」
「ヒッ!?」
急に碇シンジが手を打った。つかつかとこちらに歩いて来て僕の手前で立ち止まる。
「目、閉じろよ」
「!?」
!!?
!!??
「!?!?!?」
「目、閉じろって」
碇シンジは僕に眼を閉じるように命令した。
「めっ、目っ!?」
「目」
「眼っ!?」
「め」
目!!
「まままマジでマジでホントに!!?」
「いらないの?」
「いやっいるっ。いるよいる!」
「じゃあ早く」
「うっうんっ!」
僕は激しく動揺した。だってちょっと考えられない。言いだしたのは僕だけどこんなにあっさりOKが出るとは。
ていうか僕も何をあせってんだ。別にこんなのちょっとやってみたかっただけで、まさか本気でやるなんて思ってなくて、いやそもそも何で使徒の話からこんな流れになってんだって、いやいやそれ自分が振ったんだろって、
「ちゃんと受け取れよ」
「ウッうんっ!」
「返品効かないからな」
「う、ん……」
僕は、目をぎゅっと閉じた。
………
……
とくり、とくり。動悸がする。
とくり、とくり。心臓が動く。
眼を閉じているので見えないが、碇シンジが近付いて来ているのかもしれない。
足音。心音。彼の気配。
心なしか体温を感じる。自分以外の生き物の、温度。
とくりとくり。顔に。
とくりとくり。唇、に?
とくり。
ーーいや、
とくり。
ちがう……
とくり。
み、
「来年の、」
耳、に。
……とくり。
碇シンジは僕の耳元で、
「来年の君の誕生日に、必ず君を心から祝う」
”その約束を君にあげる”
そう言った。
――――――――………
「ずるい……」
碇シンジが消えた更衣室で、僕はグレーの長椅子に腰掛けて不貞腐れていた。
人間とは油断ならない。単純に見えて時に複雑。知らん顔で狡猾さを隠す。
『来年の』
「……来年はないっつってんのに」
『君の誕生日に』
「人の話聞けっての」
結局キスは貰えなかった。代わりに強引に押しつけられたバースディプレゼント。欲しがったのは僕だけど。
「……何で目を閉じる必要があったんだよ」
ちぇ。何かまんまとはめられた気がする。
あーあ。悪いけど碇シンジ、僕の運命のシナリオは絶対なんだ。来年なんて無理だね無理無理。相手はゼーレ、分が悪いよ。
「はーぁ、あほらし」
それでも頭の片隅で、脳内の知識とデータを高速処理している自分がいたりする。穴を開けて裏をかいて、なんとか運命を裏切れないものかと。
『必ず君を心から祝う』
「……やばい。なんか祝ってもらう気満々なんだけど、僕」
初めてもらったバースディプレゼントは、形もないのに頭に残って、それは一年後のありえない未来を想像する時にちょっとだけ泣けてくるような。
そんな言葉だった。
END……?