床ギリギリの位置で小さい頭が、上、下、上、下。
「んん?」
ネルフの更衣室を覗いたら、シンジ君が床に這いつくばっていた。
腰を45度に折り曲げて、上から覗き込んで聞いてみる。
「おーいシンジ君?」
何やってんの?
「見てっ…わかる、だろっ、はぁ、はぁ」
「帰んないの?訓練済んだんだろ?」
「…もう、ちょっ、とっ、はぁはぁ」
「辛そうだね。手伝おうか?」
あ、睨まれた。ごめんうそうそ。
僕は備え付けのグレーの長椅子にどっかり腰を落として、足を組んで彼を眺めた。
ネルフのそこそこ広い更衣室で、黒い頭がひょっこりひょっこり。シンジ君は地面と格闘している。
ふん、これはリリンの言うところの『腕立て伏せ』と言うやつだな。無論僕もやったことぐらいはあるけど……これはこんな所でやるもんなの?
組んだ足を台にして、そこに頬杖をついて見ていたら、
「はぁ、はぁっ、も、駄目ぇっ…!」
とうとう限界に達したのか、シンジ君は床にへばり付いた。
「ぜぇぜぇっ」
「お疲れさま」
床に大の字でつっぷして、大きく肩で息をしている。
んー、何だか知らないけど面白い。僕は頬杖をついたまま聞いてみた。
「で、何してんの?」
「……腕立て伏せ」
「今はただの伏せだよね」
「うるさいな。鍛えてるんだよ」
「床を?」
「僕を!」
シンジ君はうつぶせのまま顔だけこっちに向けた。
「前に君に “細い” とか言われたからなっ」
どうやら怖い顔で膨れているようなのだが、床に顔が半分ついた状態ではほっぺが潰れて迫力がない。
おまけにそんな状態で片腕だけ伸ばして、
「筋肉つけるんだよ」
とか言って肘から上をコキコキやるもんだから、何かの虫の仕草みたいで思わず笑ってしまった。
「ぶはは!」
「何で笑うんだよー」
「あははは」
「くっそー。ムキムキになったら覚えとけよ」
「あはは。まぁまぁ」
僕は笑いながらシンジ君の側へ行くと、
「ほら、もう起きなよ」
って、彼の脇の下を抱えて引っ張り起こした。シンジ君は軽々と持ち上がり、人形みたいにその場にちょんと膝を折って座った。
「さ、もう帰ろ」
「むぅ」
むくれながらも立ち上がる。どうやら僕に ”軽々” 持ち上げられたのが不満らしい。
なだめつつ更衣室を出て外へと向かう。
「でも僕の言った事、君が覚えててくれて嬉しいよ」
本音を伝えると、シンジ君はそっぽを向いて照れ怒り。
「ま、続きは家でやんなさい」
君の家でも。僕の家でも。
ゲートを抜けて外に出たら、太陽がキラキラ眩しかった。
「ムキムキになったら相手したげるよ。未来の腕立てチャンピオン様」
そう言ったらファイティングポーズをキめられた。
僕がその両腕を掴んで頬に押し当ててやられた顔を作ったら、
「覚悟しとけよ」
シンジ君は楽しそうに笑った。
END.