ボクシング

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カンカンカン!

「あれー?シンジ君、何見てんの?」

テレビ画面に映るのはボクサーパンツのゴツい男。
丁度ゴングが鳴ったタイミングで頭越しに白い腕が伸びてきて「ほい」とコーヒーが手渡された。

「ボクシング」

ありがと、と受け取りながら答えると、

「へぇボクシング!」

意外そうな声。

「意外だね」

声そのまんまのセリフを言いながら、渚は僕の座るソファをぐるりと迂回して、どっこいしょと隣に座った。
彼の手にはカフェオレ。いい香り。

「シンジ君の趣味?」
「まあね、趣味って程でもないけど。男なら誰でも少しは憧れるんじゃない?こういうの」

それよりコーヒーこぼさないでよ、と付け加えた。
買ったばかりの白いソファ。と言っても、どうせ君んちのだけど。

「ねぇ、これって生放送?」
「DVD」
「レンタル?」
「ううん録画。僕が録ったんだ」
「へぇ意外!」

また言われた。

「シンジ君ってさぁ、細っこいのに妙に男らしいところあるよね。なんか前歯折ってやるとか言われたこともあるし」
「あれは君が悪いんだろ」

横目で睨んでわざとらしくコーヒーを啜ってやった。
あの時のあれは当然だろ。ボクシングの真似してたわけじゃないぞ。

「やっぱシンジ君自身もこういうのやりたいわけ?」
「別に自分がやりたいわけじゃないよ、憧れてるだけ。格好いいだろ?君はそう思わないの?」
「ううん、別に?」

渚は赤い目をパチパチさせる。
ふーん、使徒の感性は人間とは違うのかな?僕は格好いいと思うけど。
テレビ画面ではアナウンサーが新チャンピオンにインタビューしている。黒いパンツのチャンピオンは筋肉隆々。格好いい。

「あは、この人すっごいムキムキ!」
「そこがいいんだよ」
「シンジ君は細すぎだよね」
「む、君も大して変わんないだろ」

今のはちょっと聞き捨てならない。確かに身長はちょっと負けてるけど、体格はそんなに変わらないぞ。

「ねぇねぇ、シトん家で持ち込みDVDなんか見ないでよー」

渚は駄々っ子みたいに僕の前に腕を伸ばしてテレビ画面を隠そうとした。その顔は楽しそうに笑ってる。

「こら、見えないよー」
「コーヒー貸して」

飲みかけのカップを取り上げられた。

「ほら」

渚は右手で僕の左手を取ると、そのまま真っすぐ腕を伸ばした。
横に並んだ二本の腕。こうやって比べると、なるほど。

「やっぱりシンジ君のが細い」

嬉しそうだな。ちょっとくやしい。

「でも渚のが白い」
「白鳥の様だろ?」
「へぇー?」
「白魚の様だよね」
「言ってろ」

つまんない冗談。つられて笑う。

「でもすぐに赤くなるよ」
「?」
「ほら」

見ると彼の白い腕が、ほんの少し桜色に染まっていた。顔を上げて横から覗いたら、頬もやっぱり桜色。

「手を繋げたから」
「!」
「君にК.О」
「うわー…」


僕も思わず赤くなった。



END.

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